情弱マウントがうざい理由|正解依存が生む3つの弊害

正解依存が生む3つの弊害 情弱の弊害
正解を基準にしすぎることで、判断や人間関係に影響が出ていく

19歳で専門学校に通っていた頃、私は「情弱マウントがうざい」と感じている自分を、必死に否定していました。

課題のやり方、実習の進め方、将来の選び方。
自分なりに考えて出した答えなのに、

ちよこ
ちよこ

それ、正解じゃないよ
ちゃんと調べた?
普通はこうするよね

そう言われるたびに、
間違っていないはずなのに、自信だけが削られていく感覚がありました。

専門学校で周囲の声に戸惑い、自信をなくしている19歳の学生のイメージ
専門学校で「正しさ」に囲まれていた19歳の頃の感覚

当時はその違和感を、

私が勉強不足なだけ
まだ分かっていないだけ

と飲み込んでいました。

でも今なら分かります。
あの“うざさ”の正体は、
正解依存という構造に巻き込まれていたからでした。


【結論】情弱マウントがうざい本当の理由は「正解依存」

情弱マウントがしんどいのは、
知らなかったことを責められるからではありません。

一番つらかったのは、
正解が一つしかない前提で会話が進むことでした。

意見を求められる会話の中で、正解を押し付けられ、委縮してしまう学生の様子を描いた図解イラスト
「どう思う?」と聞かれていたはずの会話が、いつの間にか“正解を当てる場”に変わってしまう瞬間

専門学校では、
「評価される答え」
「正しいやり方」
が常に意識されます。

その空気の中で、
自分なりに考えた意見は、
正解かどうかで切り分けられてしまう。

その瞬間、
会話は対話ではなく、テストになります。


正解依存とは何か|19歳の私が陥っていた状態

当時の私は、
間違えることがとにかく怖かった。

だから、

  • 課題を出す前に何度も確認する
  • 人の意見を優先する
  • 自分の考えを後回しにする

そんな行動が増えていきました。

知識がなかったわけではありません。
自分の判断を信じられなくなっていただけでした。

情報が多い今の時代、
正解依存はとても起きやすい状態です。


情弱マウントが生む3つの弊害

正解を探し続けた結果、比較して決められなくなり、人に判断を委ねてマウントが生じるまでの流れを示した図解
正解を基準にし続けると、判断が他人任せになりやすい

判断力が落ちる

正解を待つ癖がつくと、
自分で決めることが怖くなります。

小さな選択でも迷い、
決断するだけで疲れるようになります。


人間関係が固定化する

情弱マウントがある関係では、
自然と立場が決まっていきます。

教える人と、聞く人。
その構図が続くと、
対等に話すことが難しくなります。


自己否定が強くなる

正解を基準にすると、
正解を持たない自分は減点され続けます。

私ってダメなのかも

そんな思考が、静かに積み重なっていきます。


「うざい」と感じるのはおかしくない

情弱マウントに違和感を覚えるのは、
心が狭いからではありません。

それは、
自分の判断を大切にしたいという健全な感覚です。

専門学校のように
正しさが強く求められる環境では、
その感覚が苦しさとして表れやすいだけなのです。


専門学校という環境が正解依存を強めていた

専門学校では、
「就職につながるか」
「評価されるか」
が常に意識されます。

失敗しないことが最優先になると、
正解から外れる選択が怖くなります。

この環境が、
情弱マウントと正解依存を
生みやすくしていました。


正解依存から距離を取るために私がやったこと

正解依存から抜けるために、
私が最初にやったことは
「考えを変えること」ではありませんでした。

行動を、ほんの少しだけ変えました。

一番最初にやめたのは、
その場で答えを出そうとすることです。

専門学校では、
すぐに答えを出す人ほど
「分かっている人」「できる人」
のように見えます。

だから当時の私は、
即答できない自分を
どこか劣っていると感じていました。

でも、ある日ふと
こんな言葉を使ってみました。

一度考えます。

正直に言うと、
口にするのはかなり怖かったです。

評価が下がる気がしたし、
「分かっていない人」だと
思われる気もしました。

でも、実際には
何も起きませんでした。

誰かに責められることもなく、
空気が悪くなることもなかった。

その事実が、
私の中で小さな支えになりました。


次にやめたのは、
全部調べ切ろうとすることです。

正解依存の頃の私は、
調べれば調べるほど安心できる
と思っていました。

でも実際は逆で、
調べるほど迷いが増え、
決められなくなっていました。

そこで基準を変えました。

「正解」より「納得」

誰かの意見より、
自分がどう感じたか。

完璧じゃなくてもいいから、
自分が選んだ理由を
言葉にできるかどうか。

この基準を持てたことで、
人の言葉に振り回される回数は
少しずつ減っていきました。

正解依存から抜けるというのは、
強くなることではありません。

自分の判断を、
いったん保留にしてもいいと
許すこと
でした。


まとめ|19歳の私が学んだこと

今振り返ると、
19歳の頃の私は
とても真面目でした。

正しくあろうとしていたし、
間違えないように
必死でした。

だからこそ、
情弱マウントに違和感を覚えながらも、
「うざい」と感じる自分を
否定してしまったのだと思います。

もし今、
あの頃の私に声をかけられるなら、
こう言いたいです。

「その違和感は、間違っていない」

正解を探せるのは、
向上心がある証拠です。

でも、
正解に縛られて苦しくなっているなら、
それは立ち止まっていいサインです。

情弱とは、
知識がない人のことではありません。

正解を一つに絞らないと
不安になってしまう状態
のことです。

正解は大切です。
でも、あなたの人生の答えまで
決めてくれるものではありません。

もし今、
同じような違和感を抱えているなら、
無理に答えを出そうとしなくていい。

正解を探す手を止めて、
いったん自分の気持ちを
落ち着かせる時間を
持ってみてください。

それは逃げではなく、
自分で考え始めている証拠です。

スマートフォンを机に置き、目を閉じて一息ついている若い女性のイラスト
正解を探す手を止めて、いったん自分の気持ちを落ち着かせる時間

よくある質問(Q&A)


Q:情弱マウントがうざいと感じるのは、心が未熟だからですか?

いいえ。
自分の判断を大切にしたい人ほど、正解を押し付けられることに違和感を覚えやすいです。

Q:専門学校では、正解に従うしかないのでしょうか?

学ぶことと、すべてを鵜呑みにすることは別です。
正解を知ることと、自分の考えを持つことは同時にできます。

Q:正解依存に陥っているかどうか、簡単に見分ける方法はありますか?

「自分で決める前に、人の答えを探してしまうかどうか」です。
迷った瞬間に検索や相談が止まらなくなるなら、正解依存のサインかもしれません。

Q:正解依存から抜ける最初の一歩は何ですか?

「今すぐ決めなくていい」と自分に許可を出すことです。
判断を保留にするだけで、気持ちは驚くほど楽になります。

Q:情弱マウントをする人は、悪意があるのでしょうか?

多くの場合、悪意ではありません。
自分も正解に不安を感じているため、他人に正しさを示そうとしているだけのことが多いです。

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