「情弱キッズ」という言葉を見て、少し心がざわついたことはありませんか。
最近の子どもは流されやすい。
スマホ世代は考えなくなる。
多数派に弱い。
そんな意見を目にすると、不安になります。
もしかして、うちの子もそうなのだろうか。
それとも、自分の育て方が悪いのだろうか。
スマホを持たせるのが早すぎたのだろうか。
私も、同じように揺れた一人です。
けれど、ある日の小さな出来事をきっかけに、考え方が少し変わりました。
情弱キッズとは、知識が足りない子どものことではないのかもしれない。
それはもっと静かな、そして大人にも共通する「思考の傾向」なのではないか。
今日は、その話を少し丁寧に書いてみたいと思います。

自分で選ぶ時間を大切にする、やさしい夕方のひとコマ。
結論:問題は知識量ではなく「思考の順番」
まず結論から書きます。
情弱キッズという言葉が示しているものは、知識量の問題ではなく、
「思考の順番」に関係している可能性があります。
自分の気持ちを考える前に、
「正解はどれか」を先に探してしまう。
この思考の流れが強くなると、自分の基準が育ちにくくなります。

心理学では、人は不確実性を避けようとする傾向があるとされています。
また、行動経済学では「損失回避性」という概念があり、人は利益よりも損失を強く避けようとする傾向があると言われます。
つまり、
間違えたくない。
失敗したくない。
浮きたくない。
そう思うのは、決して弱さではありません。
人間として自然な反応です。
子どもも、大人も。
夕方の出来事|娘の「みんなは?」という一言
ある日の夕方。
夕飯のあと、翌日の服を一緒に選んでいました。
ピンクのワンピースと、水色のTシャツ。

どっちがいい?
そう聞くと、娘は少し考えて、こう言いました。

……みんなはどっち着てる?
その顔は甘えではありませんでした。
困っている顔でも、わがままでもない。
ただ、間違えたくない顔。
外したくない顔。
“みんな”って誰だろう。
クラスの子?
先生?
SNSで見た誰か?
私は言いました。

みゆちゃんはどうしたい?
けれど娘は、もう一度。

でも、みんなは?
その瞬間、胸がきゅっとしました。
ああ、この子は「正解」を探しているのだ、と。
ハッとしたのは、私のほうだった
その夜。
子どもたちが寝たあと、私はスマホを見ていました。
翌週の旅行のホテルを探していたのです。
人気順。
口コミ4.5以上。
ランキング1位。
レビュー件数1,000件以上。
私は安心したかった。
失敗したくなかった。
「みんなが選んでいる」という事実を確認して、ほっとしていました。
そのとき、ふと思ったのです。
娘の「みんなは?」と、
私の「1位は?」。
構造が、同じだ。

私は知識がないわけではありません。
調べるし、比較もするし、慎重です。
それでも最後は、多数派で安心する。
もしかすると私は、自分の判断を「外」に預けていたのかもしれません。
安心を外注する思考は、自然な流れでもある
現代は、正解がすぐに手に入る社会です。
検索すれば答えが出る。
比較サイトがある。
レビューがある。
ランキングがある。
とても便利です。
昔より失敗しにくい社会になったと言えるかもしれません。
けれどその便利さは、同時に「自分で決める機会」を減らしている可能性もあります。
多数派に合わせること自体は悪いことではありません。
むしろ、合理的で効率的な選択である場合も多いです。
ただ、
自分の気持ちを考える前に、
外の評価を確認することが習慣になると、
自分の基準が言葉になりにくくなる。
それが積み重なると、「考えていないように見える状態」になることがあるのかもしれません。
それは能力の問題ではなく、思考の流れの問題です。
子どもを責める前に、思考の環境を見る
私は娘を叱りませんでした。
「みんなは?」と聞くのは、弱さではありません。
それは、不安のサインです。
失敗したくない。
浮きたくない。
間違えたくない。
それは、とても人間らしい感情です。
教育心理学では、自己決定理論という考え方があります。
人は「自分で決めた」という感覚があるとき、内発的動機づけが高まると言われています。
つまり、
正解を当てることより、
自分で選んだ感覚のほうが大切なのです。
私はそこから、「答えを与える親」から「考える時間を渡す親」に、少しだけシフトしようと思いました。
今日からできる3つの小さな習慣
難しい教育理論は必要ありません。

私が実践しているのは、たった3つです。
①10秒待つ
子どもが迷ったとき、すぐ答えない。
沈黙は少し気まずいです。
親のほうが落ち着きません。
でも、その10秒で思考が動きます。
最初は困った顔をします。
視線が泳ぎます。
けれど、少しして言います。

……ピンクが好き。
その瞬間、私は気づきました。
考える力は、ちゃんとある。
ただ、使う機会が少なかっただけなのだと。
②正解を渡さない

ママは水色が好きだよ。
そう伝えます。
でも、「こっちが正解」とは言いません。
親の意見は出す。
決定は子どもに返す。
これだけで、思考の主導権が戻ります。
最初は時間がかかります。
でも、だんだん「自分はこう思う」という言葉が増えていきます。
③「あなたは?」と返す
これは本当にシンプルです。

みんなは?
と聞かれたら、

あなたはどう思う?
最初は戸惑います。
でも繰り返すうちに、言葉が変わります。
最近、娘はこう言いました。

うーん……でも私は、こっちがいい。
“でも私は”。
この言葉が出たとき、私は少し泣きそうになりました。
自分の軸が、芽を出し始めていると感じたからです。
大人もまた、同じ構造の中にいる
正直に言えば、私は今もランキングを見ます。
口コミも読みます。
比較もします。
でも、以前よりひとつ問いを挟むようになりました。
・私は何を大事にしているのか?
・誰の評価を気にしているのか?
・本当に多数派である必要があるのか?
完璧ではありません。
でも、立ち止まるだけで違います。
情弱キッズという言葉は、誰かを下げるための言葉ではなく、
「自分で決める感覚が弱まっていないか」を見直すきっかけなのかもしれません。
思考は“鍛えるもの”ではなく“使うもの”

思考力というと、特別な訓練や高度な教育が必要だと感じるかもしれません。
けれど実際には、難しい問いに答える力よりも、
「自分はどう感じているか」を言葉にする力のほうが大切です。
思考は、新しく身につける能力というよりも、
もともと持っているものを“使う機会を増やすこと”なのだと思います。
子どもは、本来よく考えています。
ただ、急がされる環境や、正解が先に示される社会の中で、
使わずに済んでいただけなのかもしれません。
だからこそ、ほんの少し待つだけで、
思考は静かに動き出します。
まとめ:正解より「納得」を育てる
娘の「みんなは?」は、私への問いでもありました。
間違えないことより、
自分で選んだ感覚。
多数派より、
自分の基準。
それは一気に育つものではありません。
けれど、小さな選択を重ねることで、少しずつ育ちます。
10秒待つこと。
正解をすぐ渡さないこと。
「あなたは?」と返すこと。
その積み重ねが、思考の筋力をつくります。

もし今日、子どもが「みんなは?」と聞いたら、
少しだけ待ってみてください。
その沈黙の中で、思考はちゃんと動いています。
そしてもしかしたら、一番育っているのは、子どもではなく、私たち大人のほうかもしれません。
よくある質問(Q&A)

Q1.情弱キッズとは知識不足のことですか?

いいえ。思考の順番や傾向の話です。

Q2.スマホが原因ですか?

一因の可能性はありますが、即答文化や評価社会の影響も考えられます。

Q3.親の責任ですか?

特定の誰かの責任ではありません。環境と習慣の問題です。

Q4.今からでも思考力は育ちますか?

小さな選択を自分で決める経験を重ねることで育ちます。

Q5.大人も同じ傾向になりますか?

はい。ランキング確認や多数派依存は大人にもよく見られます。

